来 歴


沈黙のありか


私にはもう
楡の木に生れることができない
風の声や露のしたたりや
ゆったり巡る太陽の温もりを
ひとつぶの小さな種子に包みこんで
暗い景色の中で目をさます楡の木

私にはもう
あの沈黙を受けとめる力がない
次の春またその次の夏
正しく季節を育ててゆく
遥かな高さを見きわめる手だてがない
楡の木の知恵を私のものにはできない

私もまた
彼の日の闇から
小さな命を享けたのに
土に抱かれて
やっと生きて来たのを
思い出そうともせず
信じようともせずに

直立する
一本の幹を支えるには
根と根を結びつける
見えない手が
いったいどれだけ必要かを
知りもせず
数えもせずに

ことばと並びながら
それを超えて
いと深いところから
ことばを促している
沈黙のありかを
問うこともなく
確かめることもなしに

私の腕ではなく
楡の木の腕が緑を掲げている
私の声ではなく
楡の木の声が梢を揺すっている
いま 私は黙っている
楡の木の声ではなく
私の声で歌いはじめるため

静かにことばをたくわえ
心地よげに天の近くでそよいでいる
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